このブログもAmeba Visionの動画を貼付けられるのか。
※元動画は、先月から始めているビデオポッドキャストのコンテンツ。
どうやら貼付けられないようだな。
それ以前に「プレビュー」をクリックしたのにエントリがアップされてしまうというのはどういうこった。
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一昨年は韓国Samsung社が102V型、昨年は松下電器産業が103V型、そして今年はシャープから108V型のテレビが2007

昨年までの世界最大(しかも販売されてた)画面と、一般的に売れセンのディスプレイ・サイズ(37V型)、そしてパソコンやセカンドTVなどで人気が高い22V型で比較。各メーカーで微妙に寸法が違ったりするが、大体こんなもの。108V型がどれだけ大きいかおわかりか。高さは「台抜きで」
しかも、巨大画面はプラズマテレビの独壇場だったのが、今回のこれは液晶テレビだというから驚きじゃないか。でかけりゃいいってもんじゃないが、ここまでくると「すげー」としか言いようがない。映画とかスポーツ中継とか紀行番組あたりを見る分にはいいが、これでしょっぱいバラエティとか見たくないな。
103V型テレビは市販されたが、いずれ100インチ超の市販テレビは増えていくのだろうか。
そんな未来は来るのか。
※参考:シャープのニュースリリース
あいにくと天然の氷の上で滑った経験はないのだが、スケートリンクには学生時代に数回だが行ったことがある。流石に最初から「スイスイ」というわけにはいかなかったが、比較的短時間で「前向きに滑る」ことができて、そのスピード感に感動したものだった。
スケートの体感スピードというと速くても自転車並だと思うが、自分の脚を使って直に氷を滑る感覚は楽しいものだ。まあ、地域によっては生活必需品というところもあるかもしれないけど。
都心部で滑れるというのもまた新鮮だ。屋外リンクではないそうなので景色はたかがしれているが、それでもひとしきり滑ってからビルを出ると、心なしかいつもと違う光景に見えてきたりするんじゃないかな。スケートリンク場というと子供や学生や老人の遊び場のイメージがあるのだが、丸ビルなら仕事帰りの会社員のストレス発散にもなるんじゃないかな。
スケートリンク場自体が減ってきているらしいし、ここは俄フィギュア・ブームにのって他のビルも仮設リンクを真似して設けてみてはどうか。楽しいと思うんだけどなあ。
そんな未来が来ないか。
というかつなげてほしい。もう、リハビリ中の患者さんから、足腰の弱くなった老人から、被災地で瓦礫を持ち上げる救助隊員とか、もう誰でもいいからどんどんロボットスーツを着てほしい。特に、この会社と縁があるわけではなく、単純にそういう光景が見たいだけだ。変な表現だが、これが普及してくれれば「足腰が弱くなるのが楽しみ」にもなる。
ちょっとだけ心配なのはバッテリー切れの問題。バッテリーを使い切ったときや、どこか断線して電力供給がままならなくなったときの回避策だけ万全にしておいてほしい。バッテリーがあがっちゃって回すこともできなくなる車のパワー・ステアリングみたいなことにはならないでほしいものだ。
普及したら普及したで改造する人とか出てくるんだろうなあ。どこまでパワーアップされちゃうのかなあ。あんまりやると人間の身体がついていけなくなっちゃうよなあ。もう、パワード・スーツ(「宇宙の戦士」)一歩手前の世界だよなあ。うっとり。
そんな未来が来るのか。
※参考:松下電器のWebマガジン「これも松下!?発見伝
「起動!人間力アシストスーツ」 [前編] [後編]
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年末の紅白歌合戦は今回も様々な騒動があったようで。ただでさえ紅白の視聴率が減っている(他局の番組視聴率が上がってきただけという話もあるが)ところで下手なテコ入れは通用しないことがここ10年近くの迷走ぶりを見てもうかがえるとか何とか。私自身は生涯で紅白歌合戦は日本語のわからない外国人並に見ていないので特に提案することもないのだが、じゃあどんな番組なら見るだろうかということを考えてみた。
1)真面目な歌番組
余計なトークなんかいらない。ただひたすら歌わせてあげなよ。それで退屈する恐れがあるんだったら、第三者機関か外国人の音楽評論家などに「歌唱力のある歌手」を評価してもらって、ポップス、アイドル、演歌、ロック、ニューミュージック(古)などの大まかなジャンルに分けて、ジャンル別に審査して、予選通過した人だけ出るの。で、紅組と白組に分けてもいいけど、最終的に「NHK歌謡賞」みたいなのを設けてだな、国民投票でもしてもらって各ジャンルの最優秀歌唱賞とかトータルの歌唱賞とか、別枠で衣裳賞とかダンス・パフォーマンス賞とか授賞式やって、最後は「君が代」で締める、と。
何らかの基準を設けて競わせると、歌う方も気合いが入るし、見てる方も気になるんじゃないか。視聴率とか気にしないで、日本の歌謡界を盛り上げるくらいの意気込みでいってはどうか。ラウンジ系なんかもジャンルの一つに入ってたら私は見るよ。ぜいたくなライブだよ。ついでにチャリティーとかもしたらどうか。
2)国民的クイズ番組
視聴者参加型でクイズで競わせるの。民放のパクりっぽいけど、全国的に見るクイズ番組は盛り上がるぞ。年末最後に国民全員が頭を使うという方向で。紅白を「ながら見」していたような視聴者は離れていくだろうけどね。
NHKならではの「おカタいイメージ」を逆手にとって、全国模試風に展開していくの。余計な装飾は一切なし。ストイックなまでのクイズ番組。視聴者も見てたらちょっと賢くなったりして。
3)年末映画祭
NHKのためだけに作ったオリジナル映画の上映。何組かに分けて、30分程度の短編かなんか4~5本上映して、そこで視聴者から人気投票してもらってNHK年末映画賞かなんかを決めるの。出演する俳優はほとんど低ギャラで(全国放送だし)。意外な俳優が出演したりして。下手なドラマ見るより面白いかもしれない。これまた「ながら見」の視聴者は離れていくだろうけど。
4)のど自慢最終決戦
やってるんだろうけど、そのタイミングを年末にずらすんだよ。それだけで盛り上がるだろう。で、その歌を歌ってる歌手なんかもゲストで登場したりしてさ。予算も低く済みそうだし。
5)全国自治体の知事が振り返るその年の出来事と翌年に向けての抱負を語る番組
ともすれば誰も見なくなってしまうリスクをはらんでいるが、地元をアピールするのにはとても良い機会になるし、各都道府県の知事に時間を割り当てて、その時間で何をするのも可(不謹慎なものでなければ)とすれば、みんなあのテこのテを考えて面白いんじゃないか。紅白見てた人は見なくなるかもしれないが、紅白を見ていなかった人が見るようになるかもしれない。
6)ハイビジョン放送で送る「世界紀行」番組
もう技術と金とコネを使いまくって、世界中の景色を毎年あるテーマに沿って収録してきて、それをまとめて流すの。家に居ながらにしてプチ世界旅行を堪能できるレベルにするの。「ながら見」は微妙だがBGVには使えそうだぞ。これから高精細テレビが普及するだろうから、いい機会じゃないか。
まあ、たぶん今年の年末もちょっとだけ趣向を変えた「紅白歌合戦」になるだろうけどな。やめたらやめたで苦情が来るだろうし。好きにしてください。視聴者もたかだか裸(のボディスーツ)が出たくらいでギャーギャーわめきなさんな。「子供が見てるから」だと?子供が裸を見ても問題ないような教育をしておけよ。
そんな未来が来るのか。
Wii
ニンテンドーDS(以下NDS)は相変わらず品切れの店が多いようで、周囲にも「なかなか手に入らない」と言っている人間は多い。バカ売れした理由を今さら挙げ連ねることもないだろうが、「敷居の低いインターフェース(タッチパネルの採用)」「反射神経やゲーム的ファンタジックな設定に頼らないソフトの頻出」という要素のほかに「テレビを使わない」という点は大きいような気がする。
テレビは一家に一台以上ある現代ではあるが、やはり大画面で高画質なテレビは、テレビ番組か映画DVDなどを見るために使われる頻度が高いだろう。WiiやPS3はその時間を割いて、テレビ画面を「ゲーム画面」として占有してしまう特性がある。民放地上波の番組がつまらないと言っているうちはまだテレビ画面をゲームに使える機会もあるだろうが、ここ一番のスポーツ中継や、衛星放送などを頻繁に見たり、必ず定時にはニュースを見ないと気が済まない家庭では、そこにゲームの入り込む余地はない。NDSはそんなテレビ放送に関係なくゲームが遊べるし、小さいから持ち運びも楽だ。それらの要素が潜在的に販売台数を伸ばしているのではないかと思う。
この理屈がまかり通るとどうなるか。ゲーム機単体としてしか使われないWiiは(今年DVD対応のWiiが出るとのことだが)、年賀状と暑中見舞いの印刷のためだけに購入されたカラープリンタ同様に、親戚やら友達家族なんかが遊びに来たときに「パーティゲーム」の一環として遊ばれることはあっても、それ以外の時間でわざわざ「ゲームをする」人間は「ゲーム好き」な旧来からのゲーマー以外では少ないのではないか。
一方、PS3はブルーレイ・ディスクの再生機という側面を持っている。ブルーレイの映像ソフトがDVDの倍の価格するものであればこれはこれで厳しいものがあったと思うが、実際販売されているものは従来のDVDと大差がない。となると、ゲームをしなくても「ブルーレイだけは見る」ということをするユーザーは結構いると思う。また、AV(オーディオ・ヴィジュアル)ファンの視点から見ても、PS3はブルーレイ・ディスク再生機としては「破格」の機械だ。そんなAVが興味のメインにある層がPS3を買って、いずれゲームも「ついでに」やってみるかとなると、従来のゲーマー以外の層を任天堂とは別のカタチで取り込む可能性が出てくる。
コアなゲーマーが飛びつくマシンは、ゲーマーの評価は高いが、一般消費者層の評価はほとんど得られない。近年の例で言えばセガのドリームキャストなんかがその最たるものだろう。Wiiの場合はNDSで一般消費者層に「任天堂の出すゲーム機は面白そう。ファミコンでも有名だしな」といったノリで初期流動したようなものだろう。トラックバック先の記事にもあるように、ハードが初っぱな売れたからと言って楽観視できる話ではないのだ。
また、一個人消費者が願ったところでどうなるものでもないのだが、任天堂は日本を代表するゲームメーカー(ハードもソフトも)だろうけど、ソニーの場合は日本を代表する家電メーカーだったわけで、これが失速してしまうと、日本の産業界も失速してしまいかねない状況にあるのだ。技術力は世界有数のものを日本は抱えているが、では世界市場を相手に善戦している日本企業の数はどのくらいあるのか。大雑把に言ってしまえばトヨタとソニーくらいのもので(小さいベンチャー企業系で世界に名だたるところもあったりはするのだが)、これらを凌駕して世界市場に立ち向かえる(あるいは立ち向かっている)企業が存在するならソニーが多少コケても構わないが、今や国内メーカーはニッチ市場を見つけては食いつぶすことに躍起になっていたりして、海外まで目を向けていても「安い人件費」とかの類で、世界の顧客を考えていない。
ここは一つPS3をみんなで買ってだな、早いところPS3の「ダメなところ」をたくさんソニーに報告して、世界に負けないマルチメディア・ステーションを作らせないと。ただブログで否定ばかりしていたり「Wiiってすごいね」とか感心している場合ではないのだ。消費者の知られざるところで戦争は起きているのだよ。負けたら果たしてどうなるのか、想像もつかないぞ。
そんな未来が来るのか。
※まあ、この戦争に負けても、海外から「安くていいもの」がジャパナイズされて、普通に日常的に使えるのであれば、それでもいいけどね。そうなるとソニー関連の社員とか株主とかが悲惨だけどな。
「若者が新聞(特に長い記事)を読まないのは、他にやること(見るもの)の選択肢がたくさんあるからだ」とのことだが、その選択肢の一つであるブログも、特に長いエントリになると読まれないことが多いだろう。文章の巧拙にもよるだろうが、携帯メールに慣れ親しんだ世代は時間を割いて長い文章を読む集中力に乏しいと説く人もいるようで。
では、記事なりエントリなどが短ければ良いかと言われれば、カウンターの数は上げても内容を理解する人間は思いの外少ないのではないかと苦言を呈さざるを得ない。短い文章の記事に群がるトラックバックから辿ったブログエントリの「誤解」の多さにそう思うのだ。
新聞記事に限らず、世の刊行物はレイアウトの都合上表現できる文字数に限りがあるものが多い。また、新聞記事の見出しなどは、大衆の目を惹くために、記事本文を誇張したようなものをつける傾向にある。そこにはどこか「文字の制限もあるし、よく見ればウソは書いてないからいいでしょ」というようなエクスキューズがうかがえたりするのだが、それらを理解せず、揚げ足取りに躍起になっている読者(ブロガー)は多い。シャレで言葉尻を論(あげつら)って遊んでいるのならばいざ知らず、新聞社や雑誌社を糾弾することがストレス解消なのよとばかりに攻撃しているエントリを見かけるとがっかりする。
そんなノリで大した読解力も養えないわけだから、そのまま含みの多い長文記事やエントリを読んだとしても、その記事なりエントリの行間や裏にある意味合いを理解できる者は少なく、自ずと短くシンプルで深みのない文章が重宝がられるという悲劇が生まれる。
「本をたくさん読んでます」と言った人の読書歴を聞いてみたらライトノベルばかりだったと嘆いた知人がいる。そういった連中は「表層でしかものごとを捉えられない」と知人は言い切っていたが、ライトノベルに限らず「表層でしかものごとを捉えられない」言い換えれば「想像力・判断力に乏しい」人間は少なくないだろう。これでは人間同士のコミュニケーションがまともにできるわけがない。機械による情報処理能力は向上しても、人間による情報処理能力が退化したのでは、結局「便利な機械」もまともに使われず、人類は滅びの道を辿るだけだ。
そんな未来が来るのか。
今まで「わかりやすい文章」を心がけてきたが、今年はこのブログに書くものに関してはその心がけをやめてみようかと思う。言い方を変えれば「読まれないブログ」を心がけるという天の邪鬼的な所信表明ともとられそうだが。
雲が多くて実際の日の出時間よりもあとになってしまったが、見ることはできた。
今年も楽しい1年を過ごそうと思う。みんなも楽しくすごせばいいと思うぞ。
そんな未来が来るのか。

コーヒーブレイク的なコラムに対してあれやこれや書くのもどうかとは思うが。
トラックバック先の片岡記者が書かれているように、教習所では習わない「暗黙のマナー」とも呼べる「車社会ならではのコミュニケーション作法」というものが存在する。ハザードランプは本来何らかの理由でその車が「停車せざるをえない」ことを他の車に示すための機能であるのだが、これを利用して道を譲ってもらった相手に礼を伝えたり、この先には渋滞があるぞと教えてくれたり、誰が始めたのか知らないが上手いこと使われて、運転のキャリアを積んだ人間なら大概活用している。
ところが中には車列に割り込んできてもハザードランプを点灯させない車が存在する。そりゃそうだ。教習所で習っていないわけだから、日曜日に近距離しか走らないサンデードライバーが珍しく高速道路で走ったとしたらそんなこともあるだろう。それ以前にモラルやマナーの感覚に乏しい人間かもしれない。と思った「割り込まれた側」は憤慨する。この憤慨する裏には車社会の常識が存在すると思われがちだが、同時にその「常識」が不安定なものであることも認めていることになる。つまり「ハザードを点灯しない車」が存在するから「点灯する車」に対して「お、わかってるじゃないの」と思うのであって、これが教習所でも教えられて、全国的に「当たり前」のことになってしまったら、そんなことすら思わなくなるのだ。だから、ハザードも出さずに割り込まれた場合は「ああ、慣れてないんだな」と思うのが妥当なセンである。先方にだって何らかの事情があったのかもしれない。
このように車社会のみならず、コミュニケーション不足により感情が乱されるシーンは少なくない。割り込まれた方も憤慨しても仕方がないのだ。曖昧なコミュニケーション作法しかそこには存在しないのだから。ここはひとつLEDを並べて文字を表示できるパネルでも車の後部座席の後ろに搭載して、予めセットした何種類かのメッセージをボタンひとつで表示できるような装置でも作れば、コミュニケーション不足も解消されるんじゃないか。教習所でハザードの使い方を教習内容に組み込むのもいいが、それよりも多彩なコミュニケーションをとれる技術が確立されているわけだから、それを使わないテはないんじゃないかと思う。
割り込んだ車もハザードではなく「すみません!トイレ急いでます!」と表示できたら、急激な割り込み+ハザードランプよりも説得力があるだろう。これにフロントウィンドウにもLEDパネルが用意されていて、助手席の人が「トイレならあと10km先のサービスエリアにありますよ」なんてコメントが返せたりしたらもっと素敵なんだが。
そんな未来が来るのか。
※片岡記者はハザードなしの割り込みにカチンときていたようだが、私は無闇に鳴らされるクラクションに歩行者としてカチンと来ることがある。なぜなら、「警笛鳴らせ」の標識があるところ以外では無闇にクラクションを鳴らすのは違反だからだ。単にドキッとするのもあるけど。やたらクラクションで感情を発露するのは無粋だと思う。
スピードを競う競技の世界記録を見て常々思うのは「いつか限界値に到達するのではないか」ということだ。計測値が100分の1秒の単位になってからどのくらい経つのか知らないが、21世紀中に限界に到達する競技は出てくるんじゃないか。それでも人間は「まだ縮まるかもしれない」と思って走ったり泳いだり滑ったりし続けるのだろうか。続けるんだろうな。
仮にマンガや映画に登場するような超能力者が存在したとして、「ドーピングは認めないが超能力はアリ」とかなったら、そりゃもうすごいことになるんだろうな。今とは別物の競技になりそうだけど。
「テレポーテーション走」
1回のテレポーテーション(瞬間移動)でどのくらいまでジャンプ(ジョウント?)できるか競うの。逆にたとえば100kmの距離を何回でもいいからテレポーテーションして到達するタイムを競ったり。1回のテレポーテーションに距離の長短があるのか知らないけど。
「テレキネシス・スキージャンプ」
サイコキネシス(念動力)を使って自分の身体、あるいは競技者の身体を持ち上げて、どこまで跳べるかを競うの。顔は重量挙げ並の表情をしているのに手には何も持っていないという「スカスカ感」が心配だけど。
「アポーツ重量比べ」
アポーツ(物質引き寄せ能力)でどれくらい重いものを目の前に出現させられるかを競うの。こうなるとマジックショーみたいだな。記録とか意味あるのかな。
そんな未来が来ないか。
来ないな。


by おかみふみかつ
長いブログも読まれない。